阪神淡路大震災から25年

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阪神淡路大震災から25年、あの当時自宅の寝室で寝ていて強い揺れでタンスの上に置いていた時計が倒れ落ちたのを今でも鮮明に覚えています。

こんばんは。この町のお助け隊よしかわでんきです。

朝から黙とうを捧げました。ニュースでもあまり震災の事が触れられなくなりましたが、絶対に忘れてはいけない事。

当時はサラリーマンをしていて入社4年目、朝から永源寺町まで納入した機器の立ち合い説明でした。地震で起きた後テレビを付けましたが情報は少なく、そのまま車で永源寺町まで向かいました。

大雪だったことを覚えています。電車では移動できない場所だったので自家用車で永源寺町まで向かうにもかなりの積雪で、予定していた2倍の時間をかけて何とか間に合いました。

機器の説明をしつつ、今朝の地震怖かったですねなどと話をしていました。ただ、朝から営業所に連絡が取れず雪で電車が遅れているのかと思っていました。

そのまま午前中が過ぎてお昼休憩の時にテレビを見て本当にビックリしました。すぐに営業所に電話をすると「お前大丈夫か?何処にいる?」と言われ「永源寺で立会しています」と報告しました。大雪のせいもあって電車がまともに動いてなかったそうです。

とにかくテレビを見て驚くばかりでした。当時、勤めていた会社は各都道府県に拠点があり、神戸にも営業所がありました。震災後、かなり早い段階から現地に入って手伝いに行ったことも覚えています。

火災の跡、屋根が目の前まで落ちてしまった家、壁中ヒビだらけのビル、瓦礫の山。本当に大変な事になってしまったと愕然としました。

いつまでたってもあの震災の事は忘れてはなりません。

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